【1985年 新任教師Mからの手紙】その4 クラスの頑張りに思わず涙

嬉し涙のイラスト 1985 新任教師Mからの手紙

5月24日

 一年で「チャイム席」をしています。チャイムが鳴ったら1分以内に席に着く、というものです。期間は1週間で、各クラス目標失点というのがあって、私のクラスだけ失点0の目標を立てました。1週間、一人も一回も落伍者を出さないというものです。

 これに関してリーダー会で、他のクラスにアホ扱いされて、くやしい思いをして、それで私も思わずムキになってしまい、クラス全員に、

「俺のポリシーはやられたらやり返すじゃあ! 他のクラスにメンチ切られたらやり返すしかない。ここで一発見返してやろうやないか!」

 と、意気込んで、クラスが燃えました。

「お前らもしんどいやろうし、俺もお前らと一緒に頑張る。俺は2日が最高の禁煙記録や。それでも1週間禁煙したる」

 と、私も意気込んでしまいました。

 月曜日から土曜日までなのですが、気がつけば、月曜、火曜と出張でした。

 火曜日、出張から帰って学年主任の先生に訊くと、1~6組のクラスが失点を出し続けている中で、うちのクラスだけが月曜日失点0、火曜日は失点4で、そのうちの3点は担任の私が出張でいないために、時間割変更のチャイムを勘違いして出したもので、残りの1つは、58秒ぐらいでボールがロッカーから落ちたために、思わず席を立った生徒の1点でした。

 それに加えて、掃除の時間、ゴミの焼却場に眉毛と頭の毛を剃ってサングラスをかけた3年生がたむろしているにもかかわらず、ゴミを捨てに行かなければ失点が出るからと、頑張ってゴミを捨てに行った生徒もいたとの事でした。

 月曜日の夜に学級委員長に電話すると、いつも注意されてばかりいるヤツも非常に協力的だと聞いて、なのに私ときたら、生徒に見られる心配のない所ではタバコを吸ってしまっていて、吸いたくなったらお前らの顔を思い出して、タバコを吸わないと断言しながら吸ってしまっていて、そんな訳で水曜日の朝の会で、クラスの連中に二日ぶりに顔を合わせて、そうしたらみんな本当に頑張っていて、クラス全体の目つきが本当に頑張っていて、全員を抱きしめたくなるほど、褒めようと、アホな頭を働かせて、言葉がしどろもどろで、

「怖い3年がいるのにゴミを捨てに行ったヤツがいると聞いたんやけど…」

 と言いかけたところで、どうしようもなく顔がくずれて、涙が出て、

「ちょっと待ってくれ」

 と、廊下に出て10秒くらい嬉しくて泣きました。

 教室に戻ると、何人かの生徒の目に涙が浮かんでいて、ほとんどの生徒の目がうるんでいました。

 私は、嬉しくて涙を流したのは初めてですが、本当に人の心に訴えるのは、50のオッサンでも中学1年でも幼稚園の子でも、本質的には同じだと思いました。

 41人のクラスの子らは何も言いませんでしたが、あいつらの純朴な、本当に頑張ったんや、先生見てくれ、という目をまの当たりにして、そんなに頑張ったあいつらを、私は2日間もほったらかしにしてして、しかし、それでもあいつらは頑張っていたのです。

 それなのに私は41人の真剣な顔を前にして、途中で「ちょっと待ってくれ」と言って廊下に出てしまいました。

 今日は金曜日で、結局うちのクラスが断然のトップですが、クラスも多少やはりダレてきていて、私にはご存じのように持久力がないので、もういい加減しんどいです。

 書き忘れていましたが、ゴミ捨ての話の中で、生徒に、

「もし、怖いヤツに何かされたら、俺が話をつけたる。何かあったら、担任が俺やという事を言え。そしたら何もされんはずや」

 と言ってやりました。

 生徒が不思議がっていましたが、無視しました。

6月10日

 あっと言う間に6月になってしまいました。約1週間ほど前くらいが、いわゆる五月病のようなやつであったような気がします。

 今日は2年の授業で、ホウキを2本折ってしまいました。怒るテクニックというか、自分自身に「今日は俺は機嫌が悪いんだ」と言いきかせて、わざと細々とした注意などせずに、生徒がそれなりにうるさくなって、授業中に腕相撲をしたり、ボールで遊んだりしだした頃を見計らって、教室を見渡して転がっているホウキを持って20秒ほど黙ってから、バァーシーッ!と思いっきり机に叩きつけるのです。

 その瞬間の生徒の反応の面白いことと言ったら言いようがありません。全員、ビィークーッ!として真顔になり、唖然としながらこちらを注目するのです。

 当然、ホウキの柄は一瞬にしてバラバラです。さらに怒っているふりをして、しかし大声は出さず、物静かに、

「お前ら、何しに学校来てんのじゃ。俺は冗談で授業やってんちゃうんでぇ」

 と言って、静かに授業を始めるのです。

 その快感に味をしめて、別のクラスでそれをやったのですが、今度は自分自身の緊張感に頼りないものがあって、それにそのクラスでは、よく大学時代の面白い無駄話などもする事もあり、また、悪ガキの一人にホウキを持って少し黙った瞬間に悟られてしまい、思わずそいつにニコっと笑って頷いてしまったことも手伝って、前回のような効果がありませんでした。

 それにしても、竹が机の上で一瞬にして大きな音をたてて割れる時の快感が、当分忘れられそうにありません。なんとなく怒るテクニックも、少しずつ分かりはじめて来ました。